〔正解のない介護〕
ペコロスの母に会いに行く
『筑後市人権を考える市民のつどい』に参加し、ベストセラー漫画『ペコロスの母に会いに行く』の作者、岡野雄一さんのお話を聴きました。
『ペコロスの母に会いに行く』は、ペコロスさん(岡野さんのニックネーム)が認知症になった母親の介護体験を描いた作品で、私の大好きな漫画の一つです。
私も母の介護真っ最中なので、共感することがたくさん。
「これで良かったのだろうかと悩むことも含めて介護」
「介護に答えはありません」
という言葉を聴いて、救われる思いでした。
ペコロスさんの物語
お話は、5年半前にお母様が亡くなったことから始まりました。
お母様は幼少時代を長崎天草で過ごし(この頃の思い出が後に認知症で幻覚として出てきます)、結婚して長崎に移り、2男をもうけるも酒乱の夫の暴力に耐える日々だったそうです。
けれどもペコロスさんが関東から長崎に戻った頃にはお父様もお酒をやめ、『家族を取り戻す時間』を過ごしました。
やがてお父様が病気で亡くなり、その後、お母様の認知症が始まります。
台所が危険な場所になっていく、人の家のものを持ってくる、死んだ夫と話す… …私の母と全く同じです。
厳然たる事実を目の当たりにして
私は、年越しを一緒に過ごそうと母のところに泊まった昨年、
- 作ってくれるお料理の味がおかしい
- ガスをつけたことを忘れて他のことを始める
- 友達に頻繁に電話をかけてかけたことを忘れてまたかける
- いきなり寒い外に飛び出す
など、今までとは違う母を見て、
「このまま一人暮らしをさせていたらいつか大怪我をしてしまう。事故に遭うかもしれない。人に迷惑をかけてしまう。火事を起こしたら取り返しのつかないことになる」
と悪い予想ばかりが頭を駆け巡りました。長い時間をかけてケアマネージャーと話し合い、あちこちの施設見学に行き、結局施設に入れることにしたのですが、その時は本当に悩みました。
その間にも母は、お風呂に入りたがらない、使用済みの下着を溜め込む等、できることがなくなっていき汚くなっていきます。
この時、
「お母さんは死んだ方が楽なのではないか」
と思ったのもペコロスさんと同じでした。
施設に入れた時も、ペコロスさんと同じように
「母を捨てた」
という気持ちになりました。
閉じ込められたと思って暴れる、
「私がどんな悪いことをしたんだ」
とわんわん泣く……母の入所当時を思い出して涙がこぼれました。
周りの方々も同じところで泣いていたのを見ると、誰もが介護で同じような思いをされているのだろうと思います。
やがて訪れることへの覚悟
さらにお母様が歳をとり、ペコロスさんが胃ろうをするかどうかで悩んだように、私にも延命措置をとるかどうか等の課題が突きつけられる日が来ると思います。
やがてその日が来たら、だんだん冷たくなっていく母の体を触りながら、お別れをするのでしょう。
お話を聴いて、その覚悟ができました。
どげでんなる
最後にペコロスさんは、
「プチ親不孝をすすめます」
とおっしゃっていました。
多くの真面目な責任感のある方が、自分の限界まで介護をして、心身を壊したり、心中を図ったりする実情があるからです。
「そうなる前に一度離れて、自分の良い時間を過ごしてください」
ということです。
ペコロスさんのお母様の口癖は
「生きとけばどげでんなる(生きていればどうにでもなる)」。
辛く悲しいこともある介護を、温かくほのぼのと描いた漫画は、この精神で描かれたのだなと思いました。
あなたはどのように将来への心の準備をしますか?